
先日のヒット、友人作・苺タルト
何故か日本、ヨーロッパ老若男女を問わず私の周りには食べるのが好きな人が集まってきます。
もちろん<偽グルメ>や<似非食通>のイヤミなウンチク(蘊蓄)&知識自慢の人種はいません。「××は○○より美味しい」なんて平気で言う人は友にはいないのだ。比較主義者の箪笥は小さく引き出しは少ないであろう。料理も音楽も、人間も比べることに一切の意義なし。当たり前のことだけど。
で、私の周囲の人々はお店の有名無名、また金額に捕らわれず自分の舌と感覚で味わう…シンプルに美味しいもので幸せになれる人々です。味を通して作った人を感じ、また季節の移り変わりを味で感じる小さくて大きな喜びを知っている。
その昔、父は「どんな職業の人でもいいから、食べるものに興味がない人は止めなさい」と幼い娘たちに言い聞かせておりました。他にも「健康なのに食が細すぎる男は何か一つ信用出来ない」などと独断&偏見の発言もありましたが…
<有名で上等だけど味が上っ面>という接待ご飯にお呼ばれすると、帰宅してからそれはそれは機嫌が悪かった父です。限りある人生の一食を棒に振ってしまった悲しみぶり…そんな日は夜中に石鍋で炊いたご飯に大根おろしとシラス、そんなもので落ち込みから復活していたな。もしくはタレから作ったパーコー麺とか。
そういえば指揮者だった祖父は「美味しい食べ物に興味ない音楽家はいない。耳と舌は直結しているからだ。」という自説を掲げていたらしいし…古今東西問わず音楽する人はとにかく美味しいもの好きが多いですね。まあロッシーニの域まではいかなくとも…
我々のような仕事は旅が続きますが観光してる時間もなく、コンサート終われば町すでに暗く、待つのは土地自慢の美味しいものばかり…ストレス解消に食べる事へと走る人が多いのも確か。
ストレスといえば私のストレス解消法の一つは料理!
私は完全に「男の手料理」型で、その日の気分でなんとなく食べたい、または食べさせたい方向で料理を決める。ヒラメキ一番で、キチンとお財布や栄養と相談、計画そして使い切る「主婦」型には程遠いの。(絶対なれない)ヨーロッパでは市場に出ている食材を見てから決める事もよくあります。でも人の家で冷蔵庫の中身をみて料理するのも割と得意。知らないお台所で立ち働くのは難しいし、あまり無いことだけど、そういうピンチ状況でパズル料理するのも楽しい。材料ももちろんだけど、香辛料には人のクセが出て面白いし。
それから料理に関しては下味をつけたり、下準備の<仕事>をするのも大好き。例えば鶏のレバーを食べるのに前日は血抜きを…解体新書(ターフェルアナトミア)状態で切り開き、血を出し、流水にさらし、ミルクに漬ける。寝る前にミルク交換。外科医と看護婦(看護士は語感が好きじゃないぞー)一人二役です。後は時間が香辛料、という状態で冷蔵庫に寝る獲物に「じゃ、また明日」と微笑みかけ、幸せに眠りにつくのです。
毎回味が違うのも確信犯!一昨日食したレバーは白ワインで料理しながら最後は胡桃のリキュールで仕上げ。いつもはブランデーを使うけど、こういうのは直感。いや思い付きというのか。いつもの店で買っても材料のコンディションも毎回違うもの。レバーの気持ちになって味付けしなきゃ。(?)
天候、体調、時間、飲み物、食べる人でメインの味は微妙に、しかしどんどん変わる。よってサイドディッシュも全く変わる。当然のことだけど。
しかしフレキシブル過ぎて、「あれ、食べたいなー!この前のあれ食べさせて。」と言われるとウッと詰まってしまいます。
あれってぇ………と冷や汗がすーっ
お店は絶対開けない!全部「シェフの気まぐれ料理」になっちゃう。-一期一会、同じ物は二度と食べられません-と看板立てなきゃ。しかも全品「シェフのお薦め料理」だ。いやあプロの料理人は本当に凄い!
人が食べてくれるのが好き、なんていうのは結局、自己満足の世界なんでしょうね。私は完全に自足ワールドの住民で、もちろん自分の食べたいものを作るけれど、「お腹空いたー」に弱い。
そんな事言われたら「よし来たっっ任せとけ!」と即ハチマキして料理始めます。オレ様シェフに変身するのですよ。こんな↓
(ノ-"-)ノ~┻━┻てやんでいってな感じ
……
この文章、なにせ数日前から移動の合間に書き溜めているもので。今は快晴の下、日本海方面へ向かってます。景色を楽しみながら親指でうっているわけ。
戻りますが、お腹空かせた年齢不問のヒナドリ達に弱いのは父譲りかな。オレ様料理も父譲りか…姉は<三匹の子供>と夫を抱えてちゃんとスイスでも日本料理作ってるものなあ。キチンとお出し取って…マメ。
料理の事を語りだしたら百冊でも本が書けるので、今日はもう止めておこう!
最後に一言。思うのは下味付けたり、料理の下準備はコンサート前のリハーサルに似ているということ。
昨日6月にクローズドのコンサートで共演する清塚信也さんと合わせていて、シミジミそう思いました。パートナーが違えば同じペールギュントでも微妙に息遣いが変わる。人は皆それぞれ違うから本当に面白い。俳優の台詞の呼吸と同じ。相方が出す味わいと私がどこでどのように調和されていくか。
<おやっさん、この貝仕事がしてあるね>なんて台詞がありますが、音楽もそうです。市場での新鮮な材料選びから始まり、それをどう料理するか。パートナーや曲目によって演奏は日々変化するわけです。
ちなみに清塚信也さんに初めて会ったのは確か彼がまだ十代で、モスクワに留学している頃。ショパンやラフマニノフを美しい色合いで演奏するピアニストだったけど、その後は何年かおきに偶然再会するという珍しいご縁。今年はまたご縁復活でやっと共演に至ったわけですが、今まで会う度に成長・進化を遂げていた彼、びっくりしたのは昨今流行りの「のだめ」での演奏や映画「神童」では演技まで披露、作曲やプロデュース方面でも頭角を表して来ていると評判。桐朋のうーんと下級生ですが、なんと頼もしい。合わせをしていても音色の美しさだけでなく音楽の底の深さを感じます。
お互い、どう下味付けて、どう調理されるかな。
舞台上の我々はまな板の上の○、調理するのは…音楽の神様。