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水谷川優子のチェロ弾き旅烏日記

たった一人の夢-改訂版

今日から19日のカザルス・ホール「ハギモトハルヒコ夢コンサート」のリハーサルが始まりました。
故・萩元晴彦氏は日本のクラシック界の歴史で最も大切な音楽プロデューサーだった方。私は子供の頃から存じあげていました。
五年前、思いもかけなく早く亡くなった氏を偲んで、メモリアル・コンサートの実行委員に名を連ねていらっしゃるのは、小沢征爾先生、安野光雅さん、谷川俊太郎さん等の芸術家…そして資生堂の福原氏やNTTの須藤氏、TBSの志甫氏といった、萩元氏によって音楽と深く結び付いた経済界の方々もいらっしゃいます。

音楽への深い愛情を原動力にして夢を形にしていった萩元晴彦氏…お目にかかる度に感じたのは、プロとしての己への厳しさと、子供の様に一つの事に熱中できる何か純なもの、そして他人へ対しての些かシャイなアプローチでした。

生前、萩元氏は「プロデユーサーは命令しない。技術を練磨して説得する。説得力は企画に対する革新と情熱から生まれる」(『婦人公論』94年11月号「プロデユーサーは何をするか」)とおっしゃったそうです。ご自身エッセイも残していらっしゃる氏ですが、真直ぐに前を見据えて、それをおっしゃっている姿が目に浮かびます。

ネットを検索してみたら、ジャーナリストで翻訳家でもある石井信平さんが『GALAC』2001年12月号に掲載なさった萩元氏追悼の御文章がありましたので、ほんの一部分を引用させて頂きたいと思います。

ー「プロデユーサーになるには試験も免許もいりません。印刷屋に行って名刺を作ればなれますよ」そう言って彼は笑ったことがある。
ーサントリーホール のプロデユーサーに就任した彼は、演奏家との交渉に渡欧する時、飛行機のファーストクラスを要求した、という話しをしてくれた。それが彼の仕事へのプライドだった。自分はホールを設計した建築家と同格である。ハードを奉ってソフトをないがしろにする日本の文化風土への痛烈な批判でもあった。
ー「神様がひとつだけ力を残してあげよう、と言ったなら私は躊躇なく『夢見ること』と答えよう。プロデユーサーは夢見る。」

最後に萩元氏が私の演奏を聴いて下さったのは、私がまだザルツブルグに留学中の頃…もう十年も前になろうとしています。向こうの仲間と組んだアンサンブルを高く評価して下さって、後に父宛に『これからお嬢さんがどんな音楽家に成長していくか、楽しみです』とお手紙を下さいました。

萩元氏の鋭敏な感性にはいつも畏怖の念が沸き、人物には懐かしさを覚えて惹かれたものでした。今はもっと、自分の心が氏のどの部分に感応していったか、わかる気がします。そして、これから私の音が深まっていったならば、その氏の世界にもっともっと響いていくのだと思います。

今、故人の情熱がさらに多くの人を揺さぶり訴えかけています…
当日は演奏者も聴衆もコンサートの造り手達も、それを共鳴出来るコンサートとなることでしょう。

<追伸*当日のプログラムや詳細はHPのスケジュールをご覧下さい。また日曜のコンサートにご来場になりたい方は、お手数ですがHPのアドレスにメールを頂けたらと思います>

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yuko miyagawa

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