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水谷川優子のチェロ弾き旅烏日記

クフモ・『冬の旅』そして河合隼雄先生のこと、その3


面白いもので、実はその夏に全く違うルートで御縁を下さった方があります。それは科学者そしてチェリストでもある村上陽一郎先生で、その秋にフルート奏者の佐々木真さんが主催なさるコンサートで河合先生のフルートと共演しませんか、というお話でした。亡くなった伯父の最後の作品が河合先生と佐々木さんの嘱託されたものであったというのが推薦された理由なのだと思いますが、伯父と先生方の交流については奈良で河合先生に伺うまで私は全く知る由もなく、しかも、その作品を数年後に鹿児島でフランス放送響の首席フルート奏者トーマ・プレヴォー氏と河合先生と、そして私で演奏する事になるとは、その時は思ってもいませんでした。
いずれにしても、こうして河合先生とは音楽を通し、付かず離れずの御縁を紡がせて戴く事となりました。不思議な事に一つのコンサートが終わり、御縁にピリオドが打たれて、少し経つと当たり前のように、次に席を御一緒する機会やコンサートの話が舞い込んでくるのです。
コンサートに向けては、厳しく楽しいリハーサルをした後に、毎回のように皆でご飯やお酒を戴きながらお話をするのが楽しく、笑い過ぎでお腹が痛くなった事もあったくらい。時に泊まり込みの合宿状態で練習をする事もありましたが、先生はいつも心から寛いでいらっしゃるように見えました。
 リハーサルやコンサートの後は先生お得意のノンストップ駄洒落も(最初のうちは一々驚いていた私もだんだんと慣れ、たまには切り返すことも。。。)絶好調でご機嫌でしたが、たまに目の前にいらっしゃる方が一体誰なのか、ふとわからなくなる瞬間もありました。
それは幾度か『フルート吹いてる時は全て忘れてる』と仰ったとき。そういう時はお目がきゅっと小さくなられ、お顔の印象も変わるのです。それで日頃、先生の背中にのしかかっている重圧がこちら側に移ってくるように感じ、改めて先生の日本で置かれてらっしゃるお立場について考えた次第。お仕事の話なぞ絶対にしないし、フルートを吹かれる河合先生は私にとって非常にシンプルな存在だったからです。
ー学生時代に夢中になって吹いていたフルートをある時期から頓挫され、60歳を超えてからもう一度吹き始められたーそんな河合先生のフルートは一言でいったら<味のある笛>でした。『下手な横笛』というのをスローガンにしていらした先生ですが、その笛の伝える世界はなにやら懐かしい<お伽噺>や<昔話>の世界でした。これは何度か共演しているフィンランド人のマークがコンサート直後に言っていたことでもあります。
<お伽噺>の世界。。。もし誰かが言葉でない何かを(手段を超えて)伝える事が出来たなら、それが音楽の存在意義ではないでしょうか?
もはや上手とか下手では語れない、河合先生はそんなところで吹いていらっしゃいました。20070725001241.jpg

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yuko miyagawa

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