ムスメたち(?!)とのキャッチボール

「先生が音楽を続けて1番良かったって思うのはどんな時ですか?」

「なぜ6歳でチェロを弾くことになったのですか?」

「音楽してて辛い、やめたいと思ったことはありますか?」

「私は前に楽器を習っていて、コンサートで失敗したことがあります。先生もコンサートで失敗したことありますか?」


 今日は関西の少年院(少女更生施設)を訪ねてきました。
私個人のライフ・プロジェクトのつもりで毎年続けている訪問コンサートの一環で、更生施設の厳しいカリキュラムの中、院が分けてくださった貴重な90分間をトークと演奏、最後に質疑応答のコーナーまで設けてフルに使わせて戴きました。

一緒に行って演奏してくれたのは、おととい日本に着いたバイオリンのマーク(このブログに家族として登場するときはM夫です)。私が十年近く前から続けている少年院での訪問コンサートをする、きっかけをくれた人であります。
ここの施設も初めて訪ねた数年前から一緒に行ってくれて、今回も子供たちに弦の二重奏の音色を聴いて貰うことが出来ました。

 演奏前に子供たちから感じる極度の緊張、心の強張りのような「壁」は、音楽と話を通じ、時間と空間を共有していく うちに崩れていきます。
すると彼女たちの顔もあどけない童女のように変化していくのです。

 あの壁は外部の、未知な者に対する自分を守る術なのか…
 加害者でありながら被害者でもある10代の子供の傷ついた心がそうさせるのか…


冒頭は質疑応答コーナーの子供たちからの質問です。

 元来、十代の女の子というものは、男の子と比べて物怖じしないなあ、と思う瞬間はこのような時です。
「音楽のことに限りません。生き方のこと、ヨーロッパのこと、質問なら何でも受け付けますから遠慮しないで!」
というと最初に元気良く手を挙げる子は大体「2人(私とマークのこと)はいつ知り合ったのですか?」などと私的なことに直球を投げてきます。
 
 直球なら受け止めるのは簡単、そのまま投げ返します。
 即ち、ありのままをストレートに伝えます。

音楽とトークの後の質疑応答…そんな風な言葉のキャッチボールで子供たちは、最初おずおずと、次第に大きな声で笑うようになり、少しずつコミュニケートが可能になるのです。

 自分が毎年、年を重ねるのに比べ、院生は次々に入れ代わって永遠に十代なわけですから、もちろん私たちの年の差は広がる一方…
 そのせいかも知れませんが、以前は妹のように可愛らしく感じた彼女たちを、だんだんと娘のように愛おしく思うようになってきました。(!!)


今さっき家に辿り着いたところ。明日も、師走は(も?)走ります!
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Category: Diary コンサート
Published on: Mon,  22 2008 23:54
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